整髪料

初雪や ポマードを三本指で
季語:初雪

寒さが身に沁みる今日この頃…というより、今日があまりに寒すぎて、なんとせっかくの日曜日に5時に目が覚めてしまいました。

あまりに癪だったものですから、予定外にも句作をしてみたものがこれです。どうせ早起きしたのだから朝の風景を詠もうかと思い立ち、このようにいたしました。

私が使用しているポマードだけなのかもしれませんが、寒くなってくると油成分が多いので硬くなってきます。そうなると、結構力を入れて、普段は一本指で手に掬うのに、二本指や三本指で掬う。そうして分量をミスすることも往々にあって、特に朝は冷え込みの強くなる水回りに、いつもよりも長時間いることになるという、私にはそんなもどかしい季節なわけです。

ポマードを三本指で掬わねばならないのが、冬が本格的に始まったことを感じさせる兆候であると、そういうことにハッとした感じを俳句で表現したくて、上のようにしました。

今回の推敲の過程では、例えば、以下のようなものと非常に迷いました。

三本指で掬うポマード初時雨
季語:初時雨

季語を下五に置けば、より初時雨にハッと気づく感じがよく表現できているのだろうとは思います。

ただ、「ポマードを三本指で…」と、この句の世界の主人公がつぶやいている感じ、この口語独特の生活感の出た表現を、どうしても私には捨てられませんでした。だからと言って、

初雪か ポマードを三本指で
季語:初雪

のように、上五まで口語的にして振り切る勇気を、私はあいにく持ち合わせていなかったので、俳句らしい二物衝撃の句としても読めるような形で一旦はとどめ置いています。

皆さまはどのようにお考えでしょうか。

もしコメント等にて頂戴できれば幸いです。

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冬夕焼

かはたれを吸ふて甘やか凍豆腐
季語:凍豆腐

西天を吸ひつ吸はれつ冬の海
季語:冬の海

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冬の夕焼けの俳句を今日は二つほど。
とはいえ、さほど解説もいらぬとは思いますが。

上の俳句は、夕暮という時間の雰囲気、その深い色を吸って甘くなっていくような、そんな凍豆腐(高野豆腐)の美味しそうな感じを詠みたくて作ってみました。「かはたれ」を選んだのは、「夕暮」だと陽のイメージが強いのではないかと思ったのと、やはり「かはたれ時」とも言うように、その時間を全体的に指す「かはたれ」を吸い込んでいると言う比喩の方が気に入ったためです。時間を全体的に指す類語に「黄昏」がありますが、「黄昏を吸う」だと何だか高野豆腐が黄色く見えてきちゃって不味そうだなと思ったので、却下いたしました。

下の句は、斜陽に明るい空の色が「冬の海」の彼方に沈んでいきつつ、「冬の海」自身の青色もゆっくりと遠ざかっていく(そして手前から昏い冬の夜がやってくる)という様子を一気に伝えたくて、このようにしました。この句について「夕暮」などの語にしなかったのは、「西天」が、単純に西方の空のことを指す語、すなわち夕方を表す語であると共に、西方浄土を表す語でもあるからです。「冬の海」の持っている涸れつつも清らかな性質を際立たせる語を選んだ結果、このようになりました。とはいえ、そのような思い解釈に至らずとも、「西天」の色と「冬の海」の色が、どちらが先かもよく分からぬままに西の方へ遠ざかっていく様子を思い描いていただければ十分かと思います。

冬、家路、鯨幕、

伏し目して親指隠す冬田道
季語:冬田道

鯨幕広げて冬田道はるか
季語:冬田道

校区

これは母校の屋上から見た風景だそうです。母校のHPから引用してまいりました。これはまだまだ穂の膨らみそうな時期でしょうが、これが刈り取られると、いやに道の目立つだけの風景になるのです。

そういえば、写真の中に電車の線路が見えるのがわかりますか。この線路の前に立ったときの淡い記憶によって、霧中のビビりの記事の俳句を作ったのです。

やはり、子どもの頃の場面ひとつひとつが、何を連想するにもふっと思い浮かんでくるのが、原体験の重要さを物語っているのでしょうね。義務教育の大切さ、外で遊びまわることの尊さを、柄にもなくしみじみと感じ入っております。

さて、上の句は、そんな小学校のときの古い古い記憶を俳句に落としてみました。どうして、そうしなければならないのかは全く知らないまま、ただ親から伝え聞いた因習をそのまま実行して、黒白の幕や霊柩車を見るたんびに、親指を隠して通り過ぎていた記憶があります。知り合いだろうとお構いなく、子どもながらに気まずかったのでしょうけれど、なるべく無視しようと、黙って俯いて小走りで…そんな記憶です。

年齢を重ねれば、その準備をしている側の心情であったり、その所作の一つ一つのおもむきも少しずつわかるようになってくるもので、下の句は、私がそんな風にして通り過ぎていった忌中のお宅などで、ひょっとするとあったかもしれない一場面を詠んでみました。

最近は自句自解を再び加える傾向がありましたが(自句自解をしたいと思ってしまう句ばかりでしたが)、今回はもちろん自句自解を一切いたしません。

冬の荒ぶ侘しさの中に、さもありげな風景を思い浮かべてくださればと思います。

伏し目して親指隠す冬田道
季語:冬田道

鯨幕広げて冬田道はるか
季語:冬田道

あゝ名門よ

荒星よ PL学園野球部よ
季語:荒星

先達ての5日(日)、近畿地方におきまして、高校野球の地区大会の決勝が行われ、大阪桐蔭が智弁和歌山に1−0で勝利を収めました。本大会、および秋季都道府県大会は、来春のセンバツの出場校決定に際して参考資料とされ、また夏に3年生が引退して新チームになってから日の浅い時期に開催され、しかも全国的に地区別に行われる大会だけあって、注目度の高い大会となっております。今季の大会では、例えば秋季都大会で早稲田実業が3回戦敗退を喫したことも報道されていましたね。私は特に高校野球ファンというわけでもない、ごく一般的な野球好きでありますが、やはり高校野球は素晴らしいと思います。

という前置きをもって、今回の俳句。

まず、季語「荒星」とは、冬の到来を告げる風である「木枯らし」が吹く夜の星のことです。冬を告げる甚だ冷たく強い風の夜に、それでも光る星ではありますが、冬の星の淡い印象も手伝って、曰く言い難い趣を醸します。

今回の俳句には、その荒星と諸事の渦中にあるPL学園野球部とを重ね、呼びかけの詠嘆を重ね、祈りを込めさせていただきました。

確かに、PL学園野球部で発生した様々な不祥事は、批判せねばならない性質のものであることは間違いないでしょう。確かに、内部でも様々な葛藤があった上での決断であって決して野球部を軽視したわけではないことも間違いないでしょう。確かに、PLの組織内部にも様々な事情や思惑があるわけで、それは我々がとやかく言える性質のものでないということも間違いないでしょう。

だとしても、それでも、高校野球が、いや、日本球界全体が、PL学園野球部を中心にして回った一時代があったことは、紛れもなく事実です。PL学園野球部が生み出した野球エリート達は、今でも現役プロ野球選手として活躍していることも、紛れもなく事実です。そして何よりも、我々野球ファンが、彼らに興奮させてもらい、夢を与えてもらい、野球を好きにさせてもらったことは、紛れもなく事実なのです。これだけ逆風が吹き荒れようとも、PLの記憶は、未だ荒星のごとく、燦々と輝いているではありませんか。

PL学園野球部が数々の伝説と記憶を作り上げた当時、彼らは「逆転のPL」と呼ばれていました。今は冬の時代と呼ばれ、絶望的なんて言葉も吐かれてはいますが、いつかもう一度春が来て、「逆転のPL」の名に相応しく、燦然たる復活を遂げることを、一野球ファンとして心より願いたく思います。

荒星よ PL学園野球部よ
季語:荒星

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夜学

ひらがなの案内ひかる夜学かな
季語:夜学

立冬を明日に控え、今日が「晩秋」「暮の秋」と詠み得る今年最後の一日となるのを知るかに、朝夕や日陰の「冷ややか」は、この「冷ややか」が秋の季語であるにもかかわらず、むしろ冬めいてきたように感ぜられます。

ここ最近は、まさしくこの季節の変わり目に相応しいように、秋の句と冬の句を交互に投稿したり、あるいは両方とものせるなどしてきましたが、秋の句を中心とした投稿は、本投稿が今年最後となるでしょう。

今回は秋の季語「夜学」についての俳句。

夜学というのは、昼間に働いている人々に向けて開校される夜間学校の総称です。そうした学校に通うのは、一度就職したものの、資格など新たな能力を身につけてスキルアップしたいという人や、あるいは外国人労働者などが多いでしょうから、彼らのニーズに合わせ、実業や語学を学ぶことができる学校が多いように思います。

その中で、ひときわ希望と困難さとが入り混じるような、文字通りの異彩を放つのは、夜間中学だと私は思います。大抵は、義務教育年度はさすがに終えているものですが、その義務教育をろくに受けることができなかった人に対する最低限の保障として、夜間中学は設けられています。山田洋次監督の「学校」(西田敏行主演)という映画で20年ほど前に注目を浴びる前までは、あまり目立たない日陰の存在でした。

映画「学校」が放映された当時は、働き盛りの大人の中にも、戦前・戦時の貧困に生まれたために幼少から労働を強いられたり、「女の子に勉強など」という価値観を持つ親が少々残っていて行かせてもらえなかったりした人がいて、そうした人々が中心的な対象でした。そうした人々は現在も残っていますが、彼らは高齢化し少数になってきていて、他には外国人労働者や、通常の小中学校などでいじめを受けて不登校となり、ろくに学校で学べないまま大人になった人など、多様性が増しています。

彼らの中にも、どの段階で学校に行けなくなったのか、行かなくなったかによって、学力差は歴然としています。そうすると当然クラス編成は習熟度別になるわけですが、その中には、当然、ひらがなやカタカナの読み書きに難のある人もいます。漢字を読むことのできる人など尚更、少数です。場合によっては、自分の名前休んでいる場所、家族の名前などを、ひらがなですら書けないことがあります。

彼らはもちろん、望んでそうなったわけではなく、そうならざるを得ない状況に置かれてしまったことで、容易には取り戻せないような不都合を強いられてしまったわけで、そうした一種の社会的病理の犠牲となってしまった人に対して、その病理について意図しようがしまいが関係なく、国が学習を保証することは、様々な思想や概念に照らしても当然だと言えるでしょう。

話が逸れました。俳句です。

そうした夜間中学では、当然案内表示の多くはひらがなで書かれ、漢字にも大体はふりがながふってあります。そのふりがなというのは、そこにいらっしゃる人々の困難さを端的に示すものではあるけれども、その場所に通う人々の一種の希望がそうさせているという意図を込めて、「ひかる」としてみました。

ご意見ありましたらコメントにてお待ちしています。

今秋、最後の俳句となりました。
来たる冬にも恙くお過ごしくださいませ。

ひらがなの案内ひかる夜学かな
季語:夜学

秋惜しむ

午後の陽の錠の冷たさ 秋暮るる
季語:秋暮るる

秋の終わり頃を感知する上での一つの指標として、様々な物、事、場所に、秋の名残と冬の気配とが共存していることが挙げられよう。

一例として、窓から見た空の青さがまさしく秋のそれにもかかわらず、その窓の鍵を開けようと触れた途端、金属の伝導によって冬の冷たさが感ぜられる、というような状況が考えられる。

そういった条件下において、少なくとも私は、冬の到来の間近なるを知るのである。

そうした指標だけによっては、しかしながら、『暮の秋』を思うか『冬近し』を思うかは人によって異なる可能性が十二分にある。秋の残滓を感じるか、それとも冬の兆しを感じるかは、人によってそれぞれだろう。

もちろん、たった今言及した二つの季語は、あくまでも秋の季語であり、『木枯らし』などはっきりとした冬の季語とは異なることは言うまでもないように、季節そのものに関する言葉の選択は、季語の力に頼って一定程度、可能なものとなる。

一方で、例えば今日の俳句の上五・中七の「午後の日差しに当たっているのに錠前が冷たい」という感傷を俳句にする場合には、主体の感覚次第では、下五の季語は『暮の秋』も『冬近し』もあり得る。同じ季節の季語の中では、どちらを選ぶかは主体次第であるのだ。

その上で、どちらの季節感を作者という主体が感じ取ったか、さらには、その季語を選ぶという必然性があるような表現になっているか、ということが、句作に際しては重要なものになってくる。

今回の俳句の場合、「午後の陽」といういかにも秋らしい言葉を出した上で、それなのに「錠の冷たさ」を触って感じるということで、あくまで、秋の弱まりというものを前面に押し出したつもりである。

あくまで、未だ「午後の陽」を感じるくらいには秋の残滓が残っているという記述を意図したわけである。

どうだろうか。

うまくいっていれば、としみじみと思う。


と言って、『燈火親しむ』ことをしつつ、このようにしみじみと感じ入っているということが、まさしく甚だ秋らしい感傷だと言えるのではないかと思う。

このようにして日常の些末事への気づきの蓄積は、先述の季語についての考察とは別次元で、非常に重要なことなのだろう。

今回は、この辺で。失礼。

午後の陽の錠の冷たさ 秋暮るる
季語:秋暮るる

惜秋
<ネットより借用した東京駅の風景>

心の時空

蟷螂は入水す 掻き曇る病棟
季語:蟷螂

ハリガネムシという寄生虫の名は、誰しもがご存知でしょう。

ハリガネムシの生態についてふと調べたところ、なんと『成虫になったハリガネムシは宿主の脳にある種のタンパク質を注入し、宿主を操作して水に飛び込ませ、宿主の尻から脱出する』のだそうです。そういえば子どもの頃、遊びでお腹の膨らんだカマキリのお尻を水につけると、ハリガネムシが飛び出した記憶がありますが、ハリガネムシは蟷螂などの宿主の脳を操作して入水させ、自らは水中生活を続けるんですって。

自然淘汰の生み出した生態の叡智とも言えるかもしれませんが、感心するより先に背筋に冷たいものが走ります。

さて、今回の俳句はそうした光景を詠もうと…と自句自解に入る前に、私が敬愛する画家・古賀春江(1895−1933)が、自身の娘の死産をきっかけとして完成させた作品である『埋葬』(1922)を、じっくりとご覧くださればと思います。

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古賀春江「埋葬」

いかがでしょうか。これはこれで、ゾッとしますでしょう。

彼は、精神に異常をきたす中で創作を続けた画家でした。意欲的に画業に取り組めば精神状態は不安定になりますし、若い頃にはご多分に漏れず自殺未遂を引き起こし、躁鬱で創作にあたるような有様ではありましたが、それでも当時には珍しく、生前から一定の評価を受けた作家であり、現代においては、日本における初期シュルレアリスムの代表的な画家であると認められています。

戦前日本の狂騒のもとで神経衰弱を起こした作家・芸術家よろしく、遺した作品群はどれも実に素晴らしいものです。『心の時空』『煙火』『素朴な月夜』『海』『窓外の化粧』『文化は人間を妨害する』『深海の情景』『サアカスの景』などもご覧になってみてください。強くお勧めします。その怪しさに誘われた途端、深淵に呑まれ気づけば堕ちていくような魅力にとりつかれることでしょう。

彼の世界観と、蟷螂の入水とは直截の関係はありませんが、同じ季節、同じ風景の中にあって、何らかの接点を感じインスピレーションを受けたことによる句作の一つの結実が、今回の俳句です。

さて、俳句について、蟷螂が入水する理由については、先に述べた通りです。あとは、この『病棟』ですが、これがどんな病棟であるかは、みなさまの想像に委ねてしまおうと思います。

サナトリウムか。
精神科の閉鎖病棟か。
あるいは、廃病棟か。

その「掻き曇る病棟」へ、一匹の蟷螂が、水辺に近づいていき、そして…




みなさまのご多幸をお祈り申し上げつつ、今回はこの辺で。

蟷螂は入水す 掻き曇る病棟
季語:蟷螂

天長節

掲揚台を
硬く踏みしむ
文化の日

季語:文化の日

巣鴨プリズン跡や
冬木の陰日向

季語:冬木

今年の秋が行こうとする気配を、追い風のペダルに感じる今日この頃、立冬一週間前にして、また文化の日を目前として、俳句の更新でございます。

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11月3日の文化の日というのは、明治の代には天長節と申しまして、つまり明治天皇の天皇誕生日でした。それと同時に、言わずと知れた、日本国憲法公布の日でもあって、その記念日として現在は一般に知られています。

よってこの日に何やら特別な思いがおありなイデオロギッシュな方もいらっしゃることでしょう。

一方で、下の句の巣鴨プリズンというのは、終戦直後に戦犯として政治家や軍人が収容され、東条英機ら七人が絞首刑に処された地でございまして、その跡地は現在、池袋のサンシャインシティとして整備されております(ここまでくると、サンシャインという名称も、旭日旗を表象したかのように思われてきます)。その中には、「平和の碑」という、右翼団体、愛国者団体が中心に設置した石碑もございまして、また、東条英機らの絞首刑が執行された日付というのは、奇妙なもので、当時は未だ皇太子殿下であった、今上陛下のお誕生日であり、つまり現在の天皇誕生日である12月23日でありました。

そうなると、これはこれでイデオロギッシュな雰囲気が醸し出されているようにも思われてきます。何やら情念を感じて、サンシャインに行くことすら躊躇われる方もいらっしゃるかも知れませんね。

天長節というのは、どうしても主義、主張、思想、思潮が織り交ぜられ綻ばせ合わされて語られるものなのでしょう。何らかの価値判断に動かされる人は、静かに祝日の燈火を親しもうというふうにはいかないようです。

私はそれを尻目として、静かに燈火に親しみたいなとひしひしと思う次第です。

ということで、本日の俳句。
意味はそのまま。自句自解は無しです。

ただ、双方とも上五が七音になってしまうことには、日付内での記事更新を断念させるほどには、かなり頭を悩ませました。内容がさほど軽いものではないので、字余りの方がむしろ良いだろうかとも思って最終的に納得はしましたが、しかしここまで重たい感じを前面に押し出すと、他人のことを言えた口ではないと自認してしまうほどにイデオロギッシュな作品に仕上がるような気もして、これまた小っ恥ずかしい限りではあります。

ともあれ、立冬を一週間前に控えてございます。
今回の俳句の季語も、上は秋の季語、下は冬の季語となりました。
まさしく冬隣。
天長節もとい文化の日。

ともあれ、そぞろ寒の候、皆様におかれましては、益々のご健勝をお祈り申し上げます。
くれぐれもご体調を第一にお過ごしくださいませ。

掲揚台を
硬く踏みしむ
文化の日

季語:文化の日

巣鴨プリズン跡や
冬木の陰日向

季語:冬木

オキソカーボンの折節

焦臭い部屋の明るさ初火燵
季語:初火燵(後述)

果物をむく午後九時の炬燵守
季語:炬燵

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旅館みたいな雰囲気の、ある種「行儀の良さげな」炬燵の風景ですね。私が愛着のある炬燵は、もっと崩れていて、擦り切れてヨレヨレになっていて、大昔に私や弟が汚した跡が残っているような、そんな炬燵ですけれど……


本日、一人暮らしの部屋に炬燵を出しました。溜まっていた埃が電気炬燵の熱に焦がされた匂いがしばらく部屋に充満していましたが、それもご愛嬌でしょう。炭素酸化物(一酸化炭素やCO2など)が気になって換気はしましたが、その匂いも含めて懐かしく感ぜられ、インスパイアされ、記事を更新している最中にございます。

ということで、本日の俳句は、非常に個人的な経験を基にしております。よって、懐かしさの押し売りのような句になっていることに鬱陶しさを感じられる方もおられましょう。その点につきましては、心苦しいですが、どうかお許しください。みなさん一人一人にある炬燵の思い出と呼応することができていればと思います。

句の内容について言及せねばならないのは、まず一句目の「初火燵」という季語についてでしょう。

「初」のつく語には、新年の季語となるものが数多く存在します。「初夢」「初日(初日の出)」「初日記」など、挙げればきりがありません。

しかしその一方で、「その年の最初の」という意味で用いられる語も多いため、例えば「初紅葉」は秋、「初雪」「初時雨」は冬の季語となります。当然、「初夏」は夏の季語になりますしね。

となると、初火燵はどちらでしょうか。その冬、初めて出した火燵を指すのか、それとも新年最初の何かおめでたい意味のある言葉なのか。手持ちの歳時記(「第三版 俳句歳時記」角川文庫)に「初火燵(初炬燵)」そのものの季語としての掲載が無かったため、使ってもよいかとは思ったものの、無闇に使用するのは流石に躊躇われたので、ネット上においてではありますが、検索して調べてみました。

すると、以下のような例句が見つかったのです。
作者名、掲載の俳誌名も明示しておきます。


誰彼の話してゆきし初炬燵 高倉恵美子 『空』
安楽死できそな予感初炬燵 山元志津香 『八千草』
初炬燵開く亡き妻在るごとく 沢木欣一 『万象』
今日からはひとりの部屋に初炬燵 大内幸子 『六花』


これらを拝見するに、「その冬最初の炬燵」という意味で捉え、冬の季語だと考えても良さそうな気はします。もし新年の季語であればイメージがおかしくなってきますから、「火燵張る」等に変えた方が良いでしょうが、「初火燵」についての正確な情報が得られなかったので、そして何より、埃を焦がす匂いすらも愛おしいような、そんな久方ぶりの火燵のある部屋の明るさ、温かさを表現することにおいて、「初火燵」の音韻が最も一致するのではないかと思ったものですから、一旦はこのままで置いておこうと思います。何かご存知の方がいらっしゃれば、コメントにてご意見、アドバイス等頂戴できれば幸いです。

もう一つ、蛇足ではありますが、二つ目の句の「果物」「炬燵守」というのは、それぞれ「はっさく」「母」のイメージで句作いたしました。共働きだったので、夕飯の片付けや洗濯物の取り込み・収納、風呂の用意などが全て一段落する午後九時くらいにならねば、母はゆっくり炬燵に入ることもできなかったためです。まぁしかし、この果物をどんな炬燵守がむいているのかは、各人の思い出に依存してしまってもいいのかもしれませんね。蜜柑でも、葡萄でもいいですし、父や兄・姉、祖父母、あるいは彼氏・彼女や旦那さん・奥さんでも、何でも誰でもいいのです。みなさんの思い出を呼び起こせたのであれば、作者冥利に尽きます。

それにしても、早くも炬燵を出すような時節となったのですね。

もう11月ですか……

焦臭い部屋の明るさ初火燵
季語:初火燵

果物をむく午後九時の炬燵守
季語:炬燵



<追記>
記事更新から二十分ほどの間、二句目について、以下のようにしておりました。

はっさくをむく午後九時の炬燵守

しかし、ハッとして少々調べておりましたところ、「はっさく」というのは「八朔柑」の形で、春の季語として前掲の歳時記に記載されておりました。「初火燵」は調べておいて、我ながら自分自身の迂闊さに呆れるばかりです。私の知識の浅薄さ、軽薄さゆえの、完全なる季重なりで公表するというような醜態を晒したことを、ここに謹んでお詫び申し上げます。

その上で、以後は一切このようなことがないよう益々精進してまいりますので、暖かく御見守いただければ幸いです。宜しくお願い申し上げます。

甘藷を叙す

藷堀のひとり 祖父母の畑にて
季語:藷堀

夕暮の下宿を煮え来たる甘藷
季語:甘藷

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自身にとって身近であること、経験的であることしか俳句に起せないというのは、きわめて健全なことだと言えはしましょうし、そうした裏打ちを有さぬ創作など無価値であると、写実主義の原理主義者然として宣っていれば済むのかもしれません。しかしながら、そうした弁も、私にとっては、自身の限界への苦しい釈明としか鼓膜には響きませんし、そうした釈明によって潤色するしか儘ならぬような、然様な凡庸な人間なのだろうと、晩秋の凜とし始めた空気に諦観しつつある今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

寒暑を叙すには流石に長過ぎましたかね。改めて、皆様いかがお過ごしですか。私はめっきり忙しくなって更新も再び儘ならぬ状況となりつつありますが、恙無く日々を過ごしております。

忙しくとも1日1句は詠もうと試みてはいるものの、そうやって俳句を考えようとした時には、どうしても自身の経験から延長させることによってしか、創作の世界を構築することができないということに、最近は悩んでおります。然様なる凡庸に心身をうずめ続けた先に、何かしらの宝が見つかればと思いながら、つとめて没入し続けているわけですが。

偶には不安にもなるでしょう、そりゃあね。

とは言え、努めていれば何がしかの良いこともあろうと詠み続けるのでしょうね。何やかんやで好きですから。

今回についても自句自解は控えさせていただいて、味わってくださればいいのではないでしょうか。甘藷の色、味、匂いを噛み締めてくだされば、もはや言葉など不要でしょうから。



暮れゆく陽射しに目を瞑っては、その色は褪せてしか眼裏に残りません。

しかと見つめておれば、日々も楽しからずやと思い為すが肝要でしょう。

今年も暮れゆく秋を、眼裏よりもなお奥深くに残し置くために。



藷堀のひとり 祖父母の畑にて
季語:藷堀

夕暮の下宿を煮え来たる甘藷
季語:甘藷