archive: 2017年03月  1/1

蜃気楼のごとく

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ビル群を見返る間際 海市消ゆ季語:海市今回は冒頭に句を載せてみました。解説は後回しで、しばし近況報告ついでに、この句にも底流する僕の最近の情緒を、まずは垂れ流したいと思います。先日、二週間弱程度の逃避行を終えて、悲しいことに、東京に戻ってまいりました。相変わらず、灰色の谷底で一人虚しく息をひそめ、たまにゆらゆらと泳いでは、すぐに仮の巣に戻るというふうな生活を送っています。つくづく、嫌悪します。不浄...

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大陥穽にて

実は先日から、姫路を離れて高校時代の友人たちと共に九州旅行にやって来ております。1日目に阿蘇の大観峰、2日目には稲積水中鍾乳洞へ行って参りました。阿蘇・大観峰より稲積水中鍾乳洞にて自然の世界に存在するひずみ(カルデラや洞窟など)に対しては、みなさんも同様でしょうが、情趣を感じることが多いように思います。それに対して、人間の作り上げたものから生ずる社会的ひずみの、なんと醜いことか、という表現に対しても、...

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声と拍手とサイレンと

先日、センバツの観戦に行ってまいりました。試合内容は各々、惨憺たるものでしたが(21−0のワンサイドゲームなど)アルプスまでも聞こえる円陣の声に、そんな感想は浅はかなものとして捨てられ、むしろそれも加味してこその趣であると再任させられますねさて、こういった光景を句材として詠む際には、実はなかなかの困難が待ち受けます。第一に、俳句で17音、短歌でさえも31音しか許されておらず、その表現にどうしても制約が生...

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彼岸というデジャヴュ

好評につき、今回もですます調の文体で叙述していきますね〜彼岸は年に二回あります。季語が重視される俳句の世界においては、秋の彼岸のことを「秋彼岸」と呼び、単に「彼岸」といえば春の彼岸を指す、というふうにして、二つは区別されてきました。個人的な感傷では、秋の夕暮れにさす西日の寂光めく朱色などが、西方浄土を思わせるようで、より「彼岸」感がある気がするのに、なんで春メインなんだろう、というふうに長い間思っ...

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鷺城に春の匂うころ

文体があまりにも固いというご指摘を、たまたま読んでくれた或る友人から頂戴したので、ちょっと崩した感じで今回は叙述してみようと思いますね笑散歩道でも言ったように、ただいま姫路に帰省しております。JR姫路駅のあたりは、150年前まで姫路城の飾磨門という門だったこともあって、姫路駅に降り立てば、真ん前に姫路城を望むことになります。まぁ、それで「歩いてもすぐに姫路城に着くだろう」なんて甘い考えで歩き始めると、...

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散歩道

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さて、僕は現在、兵庫県姫路市にある実家に帰省している。愛犬の散歩中、突如降り出した雨に逃げた先の軒先から、温む水に立体感を得始めた故郷の山を見た。ざわめける山 ふるさとの春の慈雨季語;春の雨慈雨の音 土の音 啓蟄の音季語:啓蟄このブログにおいて、僕は一貫して「蠢動の不安」というものを繰り返してきた(詳しくは、「蠢動と葬送」や、あるいは「春濤の六回忌」を参照のこと)。しかし、そうは言ってもやはり、色...

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春濤の六回忌

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東北や 雪の名残の水平線季語:雪の名残冬眠から明けて、虫たちが巣から出始める頃というのを意味する季語「啓蟄」を、海にも感じるということについて「蠢動と葬送」で述べた。この記事にも関連するので、時間が許せば是非一読していただきたい。そうした蠢動に対して、少なからず好ましい感傷を懐いてきた日本人は、しかしながら、かの災禍を経たことで、啓蟄の頃が廻るたびに、蠢動の海に対して、甚だしい畏怖の念を想起させら...

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うららかなる破綻の考察

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うららけし 手首の血もスピリタスも季語:うららけし季節の感慨など、誰が決めたのであろうか、という感慨を抱くことがある。「秋の暮れ=寂寥」「冬の朝=清澄」など、誰が決めたのだろうか、といったようなことを思うことがある。もちろん、同様の批判は繰り返されてきた。平安以降の日本人が確かに蓄積してきた季節感というものが、是に於て、同調圧力として、硬直性として働いているのではないか、という懸念や愚痴や批判は、...

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蠢動と葬送

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春水や 朝の黒潮紅潮す季語:春水雪解の季節。春水の流れ込む海にも、生の爆発が感じられ始める頃です。数日前に啓蟄を迎えましたが、何も虫だけではないでしょう。生命の讃歌が、強東風あるいは桜前線に乗って列島を駆け巡る季節がやってまいりました。しかしながら、その耽美な行進曲は、同時に蠢動を促し、閑寂な季節の終わりを告げて気忙しい空気をも連れてきます。蠢動は、何も希望に満ち満ちたものではありません。自然界で...

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孟浩然の白玉楼に坐するへ捧ぐ

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カーテンの春の朝明け徹夜明け季語:春の朝明け春といえば、孟浩然の不朽の名吟に「春暁」がある。春眠不覺曉 春眠曉を覺えず處處聞啼鳥 處處啼鳥聞く夜來風雨聲 夜來風雨の聲花落知多少 花落つること多少なるを知らんやしかしながら、暁を覚えぬはずの春の眠りにつけず、覚醒した状態で春暁を迎えてしまうような、私のような人間を捨象している点で、この句は思いやりがないように感じる。(いや知らんがな、と孟浩然は言うだ...

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斎藤茂吉「死にたまふ母」

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のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり灰のなかに母をひろへり朝日子ののぼるがなかに母をひろへり両句、甲乙つけ難き名吟である。バイトで勤務している某塾の国語の中3教材で目にしたこの二首を生徒に解説するにあたり、一通り考えてみたのだが、そうするとなんとも吐き出さずにはいられない気分になったので吐き出してみる。まず<のど赤き…>から。これは、しばしば、状況を客観的に捉えた句であり、どこか醒...

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懐炉のノスタルヂア

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さてさて、昨日につづき、俳句を。これを作句したのは確か去年の11月ごろだったか。大学の文化祭の出店でシフトの時間が同じだったサークルの女の子が、カイロを買って渡してくれたことがあって、そのときに、「そういえば、高校のときにもこんなことあったなぁ。あのときは、片想いしてた子に渡されて、さりげなく自分の胸ポケットに入れたっけなぁ」と思い出したことがあってね。そうして、不意に望郷にかられて、読んだのがこれ...

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秋霖

毎週木曜日の「プレバト」という番組、面白いですよね。その中でも、夏井先生の俳句添削に惚れ込んで2年ほど経過し、ついに昨年の秋頃から、俳句を作りためてきたわけです。ということで、記念すべき俳句第1号は、去年の秋、初めて読んだこの句。秋霖のつま音や 我一人なり季語:秋霖初めて作った割に、「や」を使い、しかも中間切れという独特な調子にチャレンジするという玉砕的句作。ここ最近、見返して笑ってしまいました。さ...

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はじめまして

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これは、時間を持て余した大学生が、多くのネット民がすなるブログといふものによって、日々のよしなしごとを徒然なるままに書き散らしてみよう、というものです。何を目標に、などは全く決めるつもりもありませんが、まあご覧になりたくばどうぞ、という感じで、ゆる〜くはじめていきましょう。ま、これ、実はタイピング練習も兼ねているのでね、あまり内容や読み易さにはこだわらんでもいいかなぁと、、、少し真面目な話、今の時...

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