白玉楼への一里塚

冥土への道中、皆様とご一緒させていただきたく存じます。

一觴一詠12〜蜃気楼のごとく 

ビル群を見返る間際 海市消ゆ
季語:海市

今回は冒頭に句を載せてみました。解説は後回しで、しばし近況報告ついでに、この句にも底流する僕の最近の情緒を、まずは垂れ流したいと思います。

先日、二週間弱程度の逃避行を終えて、悲しいことに、東京に戻ってまいりました。相変わらず、灰色の谷底で一人虚しく息をひそめ、たまにゆらゆらと泳いでは、すぐに仮の巣に戻るというふうな生活を送っています。

つくづく、嫌悪します。

不浄なる俗物の吹き溜まりに打ち棄てられたのだ、というような思考に全身を浸らせては、こうやって要らぬ言葉を紡いで、甲斐もない繭の中に篭る毎日です。

しかし、このような観想を抱くことが、果たして異常なのでしょうか。

異常な思考とは、何を指すのでしょうか。

正常と異常の差とは、それほどに明瞭かつ自明なものでしょうか。

虫も再びこもってしまいそうな冴え返りの雨のもとで、私は冬ごもりするかの如く、虚ろな空を見上げることのみをするか、或は、電脳世界の情報の氾濫に身投げして、自らを、ひたすらにその海中の成分・要素を体内に循環させては排出するだけの、単細胞と化せしめることに、今日という有限の時間を過ごしてしまいました。

旅行、楽しかったんですけどね。
帰省も楽しかったんですけどね。
友達と会って癒されたんですけどね。

全てが夢でなかろうか。水中の脳が見たVRではないか。
邯鄲の枕だったのではないか。それとも胡蝶の夢だったのか。
私が会ったのは実在者だったのか。
というような考えに至らしめらるるまでに、自ら心外なほど心が疲弊していたことに、今回の帰省で知らされました。

全てが、幻影であれば楽だなと思います。
今が、実は高校二年生のある日の長大な夢枕でさえあれば。
そんな夢想にシナプスを使うばかりの無色を、それでも生きていると言ってよいのでしょうね。

さて、そんなこんなで、上にもすでに載せましたが、今回のチャレンジングな一句の解説を、やっとこさ始めてみましょう。

ビル群を見返る間際 海市消ゆ
季語:海市

ちなみに海市とは蜃気楼のことです。都会を背にして海を眺めていた人が、海市が消えたのを眼にして、自身の背後の都会までもが幻影ではないかという不安に突如かられ、慌てて振り向いた、というのを詠んでみました。

チャレンジングといったのは、語順のことです。
実は、次のようなも検討したんですね。

蜃気楼消えビル群を振り返る

わかりやすいことだけを重視するのであれば、やはり下の句を選ぶべきでしょう。しかしながら、これだと全体的に調子が緩い印象がしませんか。

僕が意図したのは、現実と虚構の狭間に、一瞬投げやられた人間の焦燥を描くことでした。とすれば、最後まで切れを作らずに流れさせ、時系列を忠実に順序通りに描き、海市という季語を最初に種明かしのごとく持ってくるのは、散文的である、創意工夫に欠けるなどということ以前に、僕が一番描写したい人間の感情を、結局描き切れないことになります。

下五に「海市消ゆ」として、消えてしまう光景を読者の心象に残した方が、読者の共感に呼び起こしたい焦燥感を表現できるかなぁという淡い期待のもと、最終的にこのような句と決定し、掲載に踏み切りました。

みなさま、いかがでしょうか。今回も、何かご意見ありましたらば、気軽にコメントをお寄せください。句作に関すること、リクエスト、異議など、なんでも大丈夫です。ご遠慮することなくお伝えくださいませ。
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一觴一詠11〜大陥穽にて 

実は先日から、姫路を離れて高校時代の友人たちと共に九州旅行にやって来ております。1日目に阿蘇の大観峰、2日目には稲積水中鍾乳洞へ行って参りました。

阿蘇・大観峰より
阿蘇

稲積水中鍾乳洞にて
水中鍾乳洞1

自然の世界に存在するひずみ(カルデラや洞窟など)に対しては、みなさんも同様でしょうが、情趣を感じることが多いように思います。それに対して、人間の作り上げたものから生ずる社会的ひずみの、なんと醜いことか、という表現に対しても、みなさんから一定の共感を得られるでしょう。そのような相違についての観想を得ながら、春を迎えつつある阿蘇と、雨に肌寒かった鍾乳洞を詠んだのが、次の二句です。

白昼に眠り草青む大阿蘇
季語:草青む

冴返る瑠璃のほら穴 友の声
季語:冴返る

この二句、句切れの位置は同じような場所にあるため、構造的な類似を感じる方もおられるでしょうが、季語の位置が実は全く異なるという点が、重要な相違点となります。客観描写の句においては、読者の五感を刺激することが、ひとつ大切なことですから、色覚や聴覚に訴える句とするために、語順にも気を遣わねばなりません。

阿蘇の句は、大の字で空間的広がりを表しつつ、静かな情景を描くようにしました。また、白と青の堆肥を字面で表現してみました。

ほら穴の句は、冴え返るという人間の肌感覚を重視しつつ、ほら穴の瑠璃色の空間を響く共の声を、実的な聴覚に直接訴えかけることを重視してみました。

季語の位置はどの段階で季節感を提示するのが良いか、ということに関わる、甚だしく大きな問題です。また、どの語で句を締めるかということも、句によって描く映像に大差が出るため、配慮を尋常なく要します。大阿蘇という空間的拡がりで締める、声の響きで締める、というのが良いだろう、という判断のもとで、今回は語順の推敲を行いました。

ただし、これが間違いである可能性はなお否定できません。何か助言や感想等ありましたら、どんなことでも良いので、気軽に教えていただけると幸いです。

にしても、人間の生み出す陥穽(ビルの谷や社会格差など、さまざま)の醜悪さは、先述した通りですが、虫酸が走ることがあります。日々、その大小に愚痴を零しながらそぞろ暮らしていますが、それに関しては、もう少々考えがまとまってからの投稿にしたいと思います(^^;)


ここまで読んでくださったならば、ついでに拍手までしていっていただけるとありがたいです。また、コメントもくだされば、なおニッコリします(^^)
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一觴一詠10〜声と拍手とサイレンと 

先日、センバツの観戦に行ってまいりました。

センバツ

試合内容は各々、惨憺たるものでしたが(21−0のワンサイドゲームなど)アルプスまでも聞こえる円陣の声に、そんな感想は浅はかなものとして捨てられ、むしろそれも加味してこその趣であると再任させられますね

さて、こういった光景を句材として詠む際には、実はなかなかの困難が待ち受けます。

第一に、俳句で17音、短歌でさえも31音しか許されておらず、その表現にどうしても制約が生まれること。

第二に、あまりにも親しまれすぎたイベントを句材とするために、どうしても発想を平凡なものとみなされがちになること。

第三に、これには以上の二点も関係するが、どうしても一部分を捨象して伝えざるを得ず、完成した句に対して読者が物足りなさを感じてしまうこと。

これらの艱難を乗り越えてこその創作意欲(大仰に言えば、詩心)ですから、どうにか視点を自在に移動させつつ、発想を工夫する或は表現の技巧を凝らす或は奇を衒うなどして、何らかの「技」をこなさねばなりません。

同時に、読者に対しては、一定の共感を得つつ明確な映像を再生させるようにする必要があります。

当然、季語の持つイメージを重視することが、ここでは大切になりますが、そういった能書きはまた後日に。

散々、偉そうなことを言ったところで、そんな句作がこちら。ただ、私自身は非常に平々凡々な作家なので、チャレンジングな飛躍というよりは、いかに視座を移動させたかというところを見ていただきたいとは思いますが…

声援の残るスタンド 月おぼろ
季語:月おぼろ(朧月)

春愁や 埃の野球帽笑みたり
季語:春愁

今回は短めですが、このくらいで終わってもたまにはいいでしょう。当然、今回もですます調で記述しましたーー




ここまでご覧いただければ、拍手までして言ってくださいな♪
つぶやいてくれると、もっと嬉しいな♪

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一觴一詠9〜彼岸なるデジャヴュ 

好評につき、今回もですます調の文体で叙述していきますね〜

彼岸は年に二回あります。季語が重視される俳句の世界においては、秋の彼岸のことを「秋彼岸」と呼び、単に「彼岸」といえば春の彼岸を指す、というふうにして、二つは区別されてきました。

個人的な感傷では、秋の夕暮れにさす西日の寂光めく朱色などが、西方浄土を思わせるようで、より「彼岸」感がある気がするのに、なんで春メインなんだろう、というふうに長い間思ってきたわけですが、それを覆すかの感慨を、今回の姫路への帰省にて覚えつつあります(1)

今日も今日とて、愛犬の散歩に故郷の路地へそぞろ歩いてきました。はじめは明るかったんですが、やはり春の日暮れは思う以上に早いようでして、歩くうちに外はどんと暗くなり、思い出したかのように寒さが押し寄せてきたんですね。

そんな折、近所の公園を歩いてたんですけど、入り口のところに電話ボックスが立っています。

そこで、僕は、思わず、携帯のシャッターを、切ってしまったのです。

彼岸の公園_convert_20170319211847

というのも、見えにくいかもしれませんが、この角度から見た、公園の入り口に佇む電話ボックスの、この風景。いや、正確には少しこれより背が低い位置と角度から見た風景なんですけど、とにもかくにも、この風景。今日、僕はこの、何度も見たはずの、この風景を見て、とんでもなく、不穏な既視感に、心を凍らせました。

いや、何度も見たことあるなら、既視感とは言わないじゃないか、と言われるかもしれませんが、そういうことではないんです。何というか、違和感にも近いといえばいいんでしょうか、そんな風景のように感じましたし、「見た」というのも、そういうことではないんです。

それは、この風景が僕にとって、曖昧なでありつつ、容易ならざる意味を持っているように思われる、そんな事情があるからなんです。

僕は、幼い日のことを思い出そうとするとき、様々な記憶のうちの一つで、この風景をよく思い出すのです。そこで、何か特別なことがあったわけでも、誰かといたわけでもないにもかかわらず…というよりも、そんなことなどは覚えてないにもかかわらず、といったほうがいいでしょうか…とりあえず、そんな、とりとめもないはずの、しかも幾度も見たことのあるはずの風景が、理由もなく、嫌に脳裏にこびりついて離れようとしないのです。そうして、昔について何かを顧みようとするごとに浮かび上がっては、僕を不安にさせ、しかも、その場所を通るたびごとに、嫌な既視感を僕に呼び起こす、といったことを、実は繰り返してきたのです。

これらは、昔を顧みる余裕もないほどに忙しくなった、受験期や大学1年次などでは、息を潜めていたように感じます。

であるにもかかわらず…というより、だからこそ、なのかもしれませんが…今日、久々に公園に立ち寄ってみると、今までには全く味わったことのないような既視感、言いようもないほどの不安に襲われたのです。

そのとき、僕は無意識のうちに、今日がまさしく春のお彼岸であったことに気がつき、嫌にそれが気になり、そんな自分に対して気がふれたのではないかと意識されたとき、不意に、その電話ボックスの影に目をやりました。そのとき、こう考えてしまったのです。

先祖に感謝し、自身の極楽浄土も願う行事とされる、お彼岸。
寒さと暑さの切り替わるとされる、お彼岸。

そんな輪廻の始動する季節の暗さの中で、(1)
生命を艱難というメビウスの輪に打ち棄てる季節の余寒の中で、
この風景によって、人生で初めてともいいうるほどのデジャヴュに襲われたということ。

何か警句めいているとまで言い得るかのような、背筋を寒くせしめるほどの、彼岸にて襲われた、このデジャヴュ。今まで感じてきた、この風景の記憶や感慨や既視感は、すべてこの日のこの散歩のこの時間のこの時の感覚のために在ったのではないかと思われるほどの、彼岸にて私を襲った、このデジャヴュ。

何なんだろう、との疑問の答えを感じる間も無く、我が愛犬の足取りに引かれて立ち去りましたが、心はいつまでも惹かれたままでした。

こんなにも、判然としないままの感慨や思惟を、それでも、文字にせねば気が済まぬと思われて、こうやって今タイプしています。

もしかしたら、この時、僕は彼岸から手ぐすねを引かれていて、それに対して無意識が警句を発したということなのかもしれません。それか、もしくは、僕がすでに、昔のとある時期に、この風景を前にして、人ならざるものに憑かれてしまっていて、その惨憺たる記憶はもう消えてしまっているか消されてしまっているけれども、体だけがその記憶を覚えていて、恐怖を覚えたということかもしれません。

答えはいくら考えても出ませんが、いずれにせよ、或る一線が揺れ動く季節なのです。
みなさまにおかれましては、くれぐれも、憑かれてしまわぬように。
日々、気をつけてお過ごしください。

最後に、こんな一句をご用意。

彼岸なる路地の暗闇 真っ暗闇
季語:彼岸

以前までのような技巧的に何かを感じるようにというのではなく、唯々死の象徴だけを目一杯込めた、そんな気味の悪い一句にしてみました。いかがだったでしょうか。

拍手、コメント等頂戴できれば幸いですー


(1)「一觴一詠4〜蠢動という葬送曲」「一觴一詠6〜春濤の六回忌」を参照されたし
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一觴一詠8〜鷺城に春の匂うころ 

文体があまりにも固いというご指摘を、たまたま読んでくれた或る友人から頂戴したので、ちょっと崩した感じで今回は叙述してみようと思いますね笑

一觴一詠7〜悟りの散歩道でも言ったように、ただいま姫路に帰省しております。JR姫路駅のあたりは、150年前まで姫路城の飾磨門という門だったこともあって、姫路駅に降り立てば、真ん前に姫路城を望むことになります。

姫路城


まぁ、それで「歩いてもすぐに姫路城に着くだろう」なんて甘い考えで歩き始めると、後々にその意外な遠さに気づくので、ぜひバスか貸し自転車のご利用をお勧めします。僕は、年末の善光寺参りの際に同じような痛い目にあいました。2キロであんなに建物が見えるとは思わんやん…と思いながら歩いたんを覚えてます。

さて、それは措くとして

折角のこの季節ですし、帰省中でもありますから、ありきたりな風景を句材としているという批判は一旦受けるとして、こんな句はいかがでしょうか。

青楼も見るか 桜の白鷺城
季語:桜

桜の姫路城なんて、姫路の土産物を買えば十中八九その包装紙に書いてある風景です。それでも、そんなありきたりな発想の掃き溜めから、それこそ丸めて捨てられた包装紙にあるような風景を拾い上げて作句するからには、自分のオリジナリティをいかにして入れ込むかということが、大きな大きな試練となります。

そこで、考えたのが、青楼。これは娼楼とも書く単語です。具体的にどんな建物のことを言うのかは、みなさんどうぞ検索してください。詳しい意味はここではよう書きませんし、なんでそんな場所を知っとるのか、なんていうツッコミを入れられれば、どこだかにいらっしゃるアベさんみたくシラを切ることになるんでね。各々調べてくださいな。

青楼という、おおよそ清純な桜の景色に似合わぬような語を取合せる、という工夫。しかし、そんな辞書レベルだけで、工夫しましたなどと鼻を高くするようでは、やはりアカン訳で、これを選んだ理由は他にもあります。

桜という、一種の艶を示す季語に対して、直接的な艶かしさを持つ青楼がそれを羨むかの視線を、擬人化により描いてみる。そして、その青楼の視線の向こうには、さらに大きな楼閣である白鷺城があるという構図を描く。これによって、桜の白鷺城の美しさを雄大さを同時に強調するのだ。おっと文体が固くなった、柔らかくせねば。

そんでもって、やっぱり文字で見たときの綺麗さも重視しました。すなわち、青楼の楼の字と、桜の字を響かせたことでしょう。青い楼とピンクの桜を、字面として共鳴させる、これによって、青、桜、白という色の対比を、潜在意識の中で鮮やかにはっきりと映し出す効果を狙ったわけです。青空の姫路城なんてのも、これもまた掃き溜めにある発想の一つですが、青楼の語の使用によって青空の青さを潜在意識に浮び上らせるという、ささやかな仕掛けによって、そこらへんの小学生が習字の授業で書くような、拙い筆跡で書かれた一句であるというような印象は、少なくとも避けられる(はずです)。

てな感じで、いかがでしょうか。僕の句作はどうにも頭でっかちになりがちで、技術として拙さが出てしまうので、コメント等を頂戴できれば幸いです。

あと、珍しく喋り言葉っぽい文章にしてみましたが、いかがだったでしょうか笑
その辺も、何か思うところがあれば、教えていただけるとありがたいです。
僕的には、やっぱり硬い文体が好きかなぁ、、、




ここまで読んでくださったならば、ぜひ拍手もお願いします。多分、してもらえると飛び上がって喜ぶと思います♪

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一觴一詠7〜悟りの散歩道 

さて、僕は現在、兵庫県姫路市にある実家に帰省している。

愛犬の散歩中、突如降り出した雨に逃げた先の軒先から、温む水に立体感を得始めた故郷の山を見た。

ざわめける山 ふるさとの春の慈雨

慈雨の音 土の音 啓蟄の音

季語;春(春の雨) 啓蟄

このブログにおいて、僕は一貫して「蠢動の不安」というものを繰り返してきた(詳しくは、「一觴一詠4〜蠢動という葬送曲」や、あるいは「一觴一詠6〜春濤の六回忌」を参照のこと)。

しかし、そうは言ってもやはり、色めきだつ自然に現前すると、人として少しばかりの感傷を抱くことは事実である。特に、灰色の縦の世界に圧迫される東京では、蠢動に対する不安を煽られもするが、やはり故郷という、一種の生物としての地盤(いわば母)に包まれていると、その大地の揺れもむしろ羊水の中のおとぎ話のようで、微笑ましいとも思えてくる。

そんな不安定な存在であるということだけは、確かだと言える。それだけは言えるが、それ以上は言えない、さような存在であることを、改めて認識せねばならなかったというような、思考の揺れにここ数日襲われている。

この思考の揺れは、やはり「命」に対する種々の感情が巻き起こすものだろう。特に3•11以降の日本人は、啓蟄を愛でながら自然を畏怖するという、まさしく「輪廻」への激情とも言いうるかの感情を抱くようになった(一觴一詠6〜春濤の六回忌より)。これは、まさに「輪廻」なのだ。まさに、ゴータマというインドの青年が感じた不安に他ならないのだ。

とすれば、人間の本源にかかる心理にも、終わりがないことに嘆息をつきながら、とりあえずは春霖雨の音を聞くしかないのだろう。

春は、終わりであり始まり、別れであり出会いであると形容される。
しかし、ここには終わりがない。始まりもない。
唯、輪廻があるのみ。

そんなふうにして、なにか悟りを開いたかの心持ちになりながら、愛犬と家路についた。



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一觴一詠6〜春濤の六回忌 

灯籠よ かの東北の春月へ
季語:春月

冬眠から明けて、虫たちが巣から出始める頃というのを意味する季語「啓蟄」を、海にも感じるということについて「一觴一詠4〜蠢動という葬送曲」で述べた。この記事にも関連するので、時間が許せば是非一読していただきたい。

そうした蠢動に対して、少なからず好ましい感傷を懐いてきた日本人は、しかしながら、かの災禍を経たことで、啓蟄の頃が廻るたびに、蠢動の海に対して、甚だしい畏怖の念を想起させられることになった。

雪解の水で満ちるはずの海によって、心を凍てつかせることになった。豊かの実りをもたらすはずの海によって、実りを奪われた土地へと打ち棄てられることになった。そして、これからガイアに生命を吹き込むはずの海によって、我々自身の生命を根こそぎ奪われることになった。

これらの逆説を人々が突きつけられたとき、ある者は神話のごとく「共存」を高らかに謳い、ある者は現実主義を気取り「支配」を威く説法するようになる。

災禍のたびに、日本がそういった畏怖によってとる姿勢に於て、メビウスの環に居るかのごとき、方策の振り子に陥ってしまう原因は、ここに在しているのだろう。

政治的なもの(something political)に携わるものであるならば、その振り子の克服をここで志向し、論じることは理解できる。

しかしながら、形而上的でさえあるこうした生命の蠢きを前にして、我々に唯だ許されていることは、何人も容易く手に取ることができる手段としては、おそらく、灯籠流しのような、クラシカルな慰霊の営為のみであると、私には思われるのである。フーコー的権力理解など、このような場面では、どうにも取るに足らぬものとして、私には感ぜられて仕方がないのだ。

春月のもと、その形而上の岸辺に向かった命に対して、思いを馳せることー思索を巡らさずとも、ただ、意識に於て安穏を志向することーポリティクスとは全く異質な、存在者に与えられた最低限の営為ーが、このバイオレントとも言いうるような海の蠢動への犠牲(sacrifice←sacred)に対して、我々が唯一できることではないか。

今日のような大きな春の月の超然が、儚き祈りの対象たる彼らの、我々に対する超越と重なりあう。この眺めに、そうした想いを馳せながら、今夜も闇は更けてゆく。

灯籠よ かの東北の春月へ




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一觴一詠5〜うららかなる破綻の考察 

うららけし 手首の血もスピリタスも
季語:うららけし

季節の感慨など、誰が決めたのであろうか、という感慨を抱くことがある。

「秋の暮れ=寂寥」「冬の朝=清澄」など、誰が決めたのだろうか、といったようなことを思うことがある。

もちろん、同様の批判は繰り返されてきた。平安以降の日本人が確かに蓄積してきた季節感というものが、是に於て、同調圧力として、硬直性として働いているのではないか、という懸念や愚痴や批判は、それを吐き出さしめた原因は各々違えど、歴々の文人が指摘してきたことである。

「季語なんて旧暦の残滓であり、 '夜明け前' の遺物であって時代遅れである」という批判などに至っては、半世紀以上にわたって繰り広げられてきている。

しかし、日本語の歴史たる、およそ2000年分の蓄積がそこにあることを考えると、それを完全に無に帰せしむるような、そんな絶対的な革命は、ビッグバン以前の混沌へと日本語を至らしむようにも思われ、非常に悩ましい。

ということであれば、季語としての感傷へは従いつつ、潜在意識としては相反するような、そんな転覆(クーデター)のようなものが、そのような革新の在りようとしては、現時点では一旦、望ましいのではないだろうか。

安穏たる季語に破綻めいたものをぶつけたり、激情の季語に不自然な静寂を取り合わせたりするといった、そのような表現の蓄積の拡がりによって、そういった転覆は導かれうるのかもしれない。

とはいえ、そのようなことすらも、歴々の詩人たちが行ってきたことである以上のことでは決してない。従って、結局は日本語の枠内に収まるものという他ない。アウトローはあくまでもアウトローなのであって、どれだけ外角いっぱいを攻めても、ストライクはストライクであるし、ボールはボールである。

やはり、カオスではないもの、すなわちガイア以降のものは、もはや季語の世界にあらかた包含されているのだろうか。

それでも、ガイア以降の世界に風穴を開け、その混沌から新たなるビッグバンを生むような営為を、諦めたくはない。調和のとれた世界が存在することなど、本当にあるのだろうかという疑いの視点を放棄したくはない。

たまには、日本語の混沌を射すことを志向した句作に、このようにして挑んでいきたいものである。


さて、そこで上記の句である。ちなみに断っておくが、僕自身が自傷癖がある或いはアル中であるというようなことはないので、その点はご心配しなくてよい笑

上記の句であるが、読んでいただければわかる通り、五六六の調になっている。合計の文字数は、五七五の句と同じ一七音に収めているが、調べは逸脱するという「破調」を利用したのだ。これに対して、忠実に五七五を守った以下の句も検討した。

うららけし 自傷の痕も火の酒も

これだと、少々具体性に欠けるところが難点である。また、句の内容が破綻した生活を詠っているため、調べも破綻させた方がいいとの判断によって、破調の句を冒頭に選んでみたのだが、果たして、どのような印象を読者は受けるだろうか。

もし、よければ、どんな意見でもいいので、コメントを頂戴できるとありがたい。



ここまで読んだのであれば、ついでに拍手もしていってくれると嬉しいです♪多分、飛び跳ねて喜びます笑

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一觴一詠4〜蠢動という葬送曲 

春水や 朝の黒潮紅潮す
季語:春水

雪解の季節。

春水の流れ込む海にも、生の爆発が感じられ始める頃です。

数日前に啓蟄を迎えましたが、何も虫だけではないでしょう。

生命の讃歌が、強東風あるいは桜前線に乗って列島を駆け巡る季節がやってまいりました。

しかしながら、その耽美な行進曲は、同時に蠢動を促し、閑寂な季節の終わりを告げて気忙しい空気をも連れてきます。

蠢動は、何も希望に満ち満ちたものではありません。

自然界でも、熾烈な生存競争のホイッスルが鳴り、生と死の曖昧な混沌(時にそれを賽の河原と呼ぶ、それらのカオス的な圏域)へ踏み入れるものが多くなるものです。

蠢動の行進曲は、いわば生命に対しての、ガイアによる葬送曲であり、それによって生き物は、ガイア以前の世界すなわちカオスへとゆくのでしょう。だからこそ、来週にはお彼岸があるのではないか、と僕は思います。

まず、何よりもみなさま、お体に気をつけてお過ごしくださいませ。
決して、その混沌とは無縁なる日々をお過ごしになられますよう。



もしここまで読んでくだされば、ついでに拍手やコメントでもしてください。
幼稚にも跳ねて喜びますので、よろしくどうぞ♪

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斎藤茂吉「死にたまふ母」 

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

灰のなかに母をひろへり朝日子ののぼるがなかに母をひろへり


両句、甲乙つけ難き名吟である。バイトで勤務している某塾の国語の中3教材で目にしたこの二首を生徒に解説するにあたり、一通り考えてみたのだが、そうするとなんとも吐き出さずにはいられない気分になったので吐き出してみようと思う。

まず<のど赤き…>から。これは、しばしば、状況を客観的に捉えた句であり、どこか醒めているとも評されることがある。どこか冷静な、即物的な吟詠であり、自らの力を超越した死と生との境目をありありと描出したという評価を、僕は中学の時に教師から教わった。当時はなるほどと思ったが、しかしながら、よくよく読み返すと、はて、果たしてそうであろうか、真に客観的と言いうるだろうか、というのが、私の問題提起である。(もちろん、私は哲学的探求に足を踏み入れるつもりはない。西田の純粋経験も、ハイデガーの存在論も、サルトルの実存主義も持ち出すつもりはないし、なんら脈絡はないことを、先に言明しておく。)

さて、詳しく見ていこう。
「のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて」…①
「足乳根の母は死にたまふなり」…②
と、ふたつの部分に記号を振ろう。①では、その季節の風景が描かれている。実家の縁側に面した畳の部屋にいて、母の亡骸はそこに横たわっているのであろう。おそらく、茂吉とその親戚が何人もいたであろうが、その悲しむ姿の描写や、あるいは茂吉自身の姿をどこかに感じさせるというよりは、季節の廻りと生物の廻りを①で述べ、そして②で母の生の終焉=死を描いている印象を受ける。確かに、そう考えてみれば、客観的な視線の当て方という評も一つの見解としてありうるだろう。これが、中学生の時の私が納得した解釈であり、今でも一定理解は可能である。

しかしながら、果たしてそうであろうか、というのが、私の問題提起であった。そう、客観的であるならば、不自然な箇所が、ここには存在する。すなわち、①の色の描写が、まさしく然る不自然さを顕すのである。

①における、のどが赤いという描写は、屋梁の下からの目線で燕を見ていることを意味することとなる。つまり、この視線のダイナミックな転換が、①と②の間で起こるのだ。そう、①は下から見た、つまり、母の枕元付近から見た燕の風景であるのだ。ということは、②もまさしく、枕元に座する茂吉の目線から見た、母の姿ということになる。

さらに、燕の二羽というのは、季節として、おそらく親子なのではないかと私は思う。これは可能的推察でしかないが、そのように推し量りうると判断させる原因は、やはりこの目線の転換だろう。そもそも、一首の中で、母と死と燕が並立の関係に置かれているような印象は、誰も読み取りはしないはずだ。すなわち、誰もが、この首の主題は、②であると言明することができるはずだ。となれば、そう思わせる効果があるということになる。その効果として、母の死という内容の重さを挙げることもできようが、それよりも、母の死と実子の関係の対比的な構図、すなわち、母の死を看取る子と、子を巣立ちまで育て上げた親という対比が、屋梁を挟んで展開されているような印象を、読者が受けるからであろう。

そして親子だとすれば、茂吉の視線は、やはり自身と母との関係を、燕に見出しているということになろう。①で母と子の今までの姿を燕に投影し、その母が死んでしまうという場面を②において描く、この構図。燕を下から見上げているようで、実は茂吉の目に見えているものは、ずっと、枕元で今自分が看取っている母なのである。上を見ながら足元の母を思う。燕に自身と母を置換し、自身と母の歴史性を合わせ鏡的にその空間的、時間的、さらには存在的な超越の中で、彼の意識が全て母を捉えており、そしてその母が、たった今「死にたまふ」という、この母の死という事実を、この超越の中でなおも現前するものとして、描いたのではないだろうか。

したがって、以上を踏まえれば、客観性や、まして「冷めている」の一言に、この歌が矮小化されて述べられてはならないと言えそうだ。語られうるのは、茂吉の意識という主観性が、母の死の超然を捉えているということであって、そこにあるのは、死という絶対的な境界を前にした、静謐な動転と激情以外の何物でもないのだ。彼は、決して冷めていたのではない。客観性など、彼の主観の中で、あるいは吟詠において、貫徹して維持することはできようもなかったはずだ。私は、客観的な視点の当て方という読み方を批判したいわけでは決してない。そう断った上で、この一首においては、即物的な描写というよりも、上記のような激情が、この名吟を生んだのだと私は思う。


さて、<のど赤き…>に相当な時間をとったが、<灰の中に…>に移ろう。

これも、以下のように二つの部分に分けたい。
「灰のなかに母をひろえり」…①
「朝日子ののぼるがなかに母をひろへり」…②

①は、火葬されたのちに、灰となったその中の母を拾うという場面である。突然、こうしたショッキングな表現が出るため、ここに悲哀なる情感を感じる人は実際多そうに思う。さらに、②のように、時間情報と広い光景を浮かばせながら、最後にもう一つ、駄目押しで反復することで、さらに印象深い一句にしている。死など遠い事実だという潜在的感情を抱いていた思春期の私に、死を意識させたのは、曾祖父母を相次いで亡くしたことと、この句であった。

ここで私が考えたいのは、この一首もやはり、主客に両面的な光景描写によって、名句を成しているのではないかということだ。

まず①の表現についての、彼の感情についてである。この点について指摘する人は相当に多いと思われ、わざわざ述べる必要もないかと思われるが、念のために言及しておく。あくまでも、念のためであって、わかっているよと思われたならば、すっ飛ばしてもらって構わない。①において、「母の遺骨をひろへり」あるいは「灰となりし母をひろへり」などとは言わずに、「母をひろへり」とはっきり言い切った。これによって、死んでもなお変わらず母であるという、茂吉の心境が語られるのだ。しかも、それを二度も繰り返して念押しすることで、その印象はなおも強められているのだ。こうした主観的意識に訴えかける叙述によって、血を分けた者たちへの親愛を呼び起こすのである。

しかし、先述の通り、この句はそれだけでは終わらない。やはり、構図の切り取り方、客観的叙述とも言いうるかのような、そんな描写が加えられているのだ。それは、まさしく、①と②で対句的に表現された「なかに」の表現である。

①は、かなり焦点を絞った描写だと言える。拾う手をクローズアップしており、ここでは、茂吉と母との関係が浮かび上がる。それに対して、②では、突然大きな構図、拡大的な視点へと移る。そうして、日の出の荘厳さの中に母の死を置くことで、その死の神聖さを描写することができるようになる。

しかし、この構図の転換は、それだけでは終わらない。

①は、「灰のなかにある母」を描くのに対して、②は「朝日が昇るなかで母を拾っている自分」を描くことになる。すなわち、母と自分の存在する場所が全く異なるものになってしまったという、此岸と彼岸の対比を、それぞれ朝日と灰の対比という象徴に込めているのである。当然、これらの描写は、「朝日が昇るなかで母の遺骨を拾う息子」という実際的な光景を浮かび上がらせるけれども、その一方で、此岸と彼岸を、比喩的な象徴として、この対句に込めるのである。

したがって、この名吟も、単に主観的か客観的かという描写の表層的な判断で区別することはできないといえそうだ。

これら、二首の比較として適当であると思われるのは、<のど赤き…>は投影を駆使した超越によって、<灰のなかに…>は比喩的な象徴として、それぞれ母の死を立ち上がらせているという、そのことだけであると思われる。それらを如何様に感じるかは、読者各々に許されていることだと言えそうだ。

茂吉本人が、ここまでを全て計算に入れていたかどうかは、知るよしもないことだが、少なくとも、単純な物言いによってこれを矮小化するのではなく、何遍も読み直して句の世界を味わうことが、斎藤茂吉という作家、そして彼の母、そしてこれらの句に対して、最大限の敬意を表することになるだろう、ということは言えそうだ。

したがって、私の稚拙な評論によって、世界観を狭隘なものに貶めているという誹りは、甘んじて受け入れることは断った上で、皆さんも、どうかこれらの句を、もう一度噛み締めてほしい。

のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

灰のなかに母をひろへり朝日子ののぼるがなかに母をひろへり





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カテゴリ: 鑑賞

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一觴一詠3〜孟浩然の白玉楼に坐するへ捧ぐ 

カーテンの春の朝明け徹夜明け
季語:春の朝明け

春といえば、孟浩然の不朽の名吟に「春暁」がある。

春眠不覺曉 春眠曉を覺えず
處處聞啼鳥 處處啼鳥聞く
夜來風雨聲 夜來風雨の聲
花落知多少 花落つること多少なるを知らんや

しかしながら、暁を覚えぬはずの春の眠りにつけず、覚醒した状態で春暁を迎えてしまうような、私のような人間を捨象している点で、この句は思いやりがないように感じる。(いや知らんがな、と孟浩然は言うだろうけど…)

私のように、春暁を覚えてから、そこから春眠につく人もいるはずである。全員が全員、春眠によって暁を覚えないようなことはないのだ。むしろ、夜来風雨の声によらずとも、窓に落つる花の多少なるを知るような、そんな夜更かし小僧もそこかしこにいるだろう。そんな現代文明のライフスタイルは、唐王朝そして中華文明の或る絶頂期の彼の情趣からすれば、どのように見えるのであろうか。

それでも、春の朝の光を思う心だけは、当時から変化していないということを、彼には伝えたい。生活様式は変化すれども、春暁を愛でる情緒のありようは、確かなものとして、我々の底流を成しているはずだ。白玉楼中の人となりし彼に、この句が届いていることを願い、春眠に入ることとする。


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カテゴリ: 俳句

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一觴一詠2〜懐炉のノスタルヂア 

さてさて、昨日につづき、俳句を。

これを作句したのは確か去年の11月ごろだったか。大学の文化祭の出店でシフトの時間が同じだったサークルの女の子が、カイロを買って渡してくれたことがあって、そのときに、「そういえば、高校のときにもこんなことあったなぁ。あのときは、片想いしてた子に渡されて、さりげなく自分の胸ポケットに入れたっけなぁ」と思い出したことがあってね。そうして、不意に望郷にかられて、読んだのがこれ。

君くれし懐炉の胸ポケットかな
季語:懐炉

カイロ(懐炉)ではなく、胸ポケットに詠嘆の助詞をつけるのが、良いのか悪いのか。ここが実に悩ましくて、長い時間考えてこんだ記憶がある。「君くれし胸ポケットの懐炉かな」だとストレートに五七五の調べになる。でも、やはり自身の胸に感じたカイロの温もり、そしてそのカイロが胸にもたらした、別の心的なぬくもりを表現するには、胸ポケットを詠嘆したほうがよろしいかと、個人的には思ったわけだ。この調べの逸脱も、個人的には、当時の自分自身にぴったりで悪くないと思ったしね。

とりとめなく過ぎていった思春期の、他愛もない1ページでしかない、そんな風景。

その不安定な情緒に衝き動かされた、空中ブランコに乗っているかのような青春。

夢想家、妄想家であった当時の僕にとって、決して自身の足元が真っ暗闇の闇だとは感じず、むしろ、未来から差す光しかなかったように思えた、そんな青春。

しかし、その光に反射しまくって、当時はすべてが白っぽく、味気ない色に見えもしたような、そんな風景。

それが、最近では、落下傘奴のノスタルヂアとして思い出され、セピアの中に、むしろ鮮明に、魅力的に色づいている。

こんなふうにして、尊敬する中也を狭隘なものとするかのごとき援用を、浅ましさを自認しながら、それでもせねばならなかった、この静謐なる激情と閑寂なる狂騒と。これらが、懐炉のセピアを、セピアでありながら、さらに彩りを増さしむるような、そんな不思議な感覚を、最近では抱くようになった。

それに対し、現在の僕の時間は、徒然なるままに過ぎていく。

あの頃とは違って、夜が劫劫と更けるような、真っ暗闇の闇に居るかの感覚。

ぼんやりとした不安を感じる様な感覚。

塵労に疲れたと言えるほどの艱難辛苦を負ったわけではなくとも、薄暗い坂や藪のあるトロッコの細長い路が続くのを、やはり一気に駆けて戻りたくなるような、そんな感覚。

この感覚も、数年後には詩となり、愛すべきセピアとなるのだろうか。

この闇が、ただ今を生きているがために色を感じられなくなっている、それだけのことによるのだろうか。

ノスタルヂアを以て見返れば、これらも愛しきぬくもりを懐くのであろうか。

君くれし懐炉の胸ポケットかな
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カテゴリ: 俳句

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一觴一詠1〜我がはじまりは秋霖 

毎週木曜日の「プレバト」という番組、面白いですよね。その中でも、夏井先生の俳句添削に惚れ込んで2年ほど経過し、ついに昨年の秋頃から、俳句を作りためてきたわけです。

ということで、記念すべき俳句第1号は、去年の秋、初めて読んだこの句。

秋霖のつま音や 我一人なり
季語:秋霖

初めて作った割に、「や」を使い、しかも中間切れという独特な調子にチャレンジするという玉砕的句作。ここ最近、見返して笑ってしまいました。
さて、この秋雨の音の中の孤独を表現した句が良いか悪いか、自分ではようわかりませんが、「そこまで気取らんでも、こんくらいでいいか」と思い、数日前に、同じ季語「秋霖」を用いて読んだのがこちら。

秋霖の窓にとろめく五時間目

まあ、学生だし、こんなもんでいいでしょ笑
等身大のアルアルな風景を確実に描写してみました

皆さんは、どちらがお好きでしょうか
(ちなみにこれは、吟詠当時に住んでた久我山の秋霖の写真。俳句の通り、ただ自分一人しかいない光景です。)





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クリック一回分の労力を割かせるくらいには、形のある文章を書けたのではないかという自信につながります。もししていただければ、多分跳ねて喜びます笑

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はじめまして 

これは、時間を持て余した大学生が、多くのネット民がすなるブログといふものによって、日々のよしなしごとを徒然なるままに書き散らしてみよう、というものです。何を目標に、などは全く決めるつもりもありませんが、まあご覧になりたくばどうぞ、という感じで、ゆる〜くはじめていきましょう。

ま、これ、実はタイピング練習も兼ねているのでね、あまり内容や読み易さにはこだわらんでもいいかなぁと、、、

少し真面目な話、今の時代、右向け右の風潮があまりにも強くなりつつあるので、外では右を向いたふりをしながら、ここで厭世気分を発散してバランスをとっていこうとも思うわけです。リベラルが忌み嫌われる理由もわからんではないですが、集団でお互いを忖度し過ぎてしまっているようなこの空気感には、さすがに最近反吐が出るわけです。

ということで、適当にぼちぼちやっていきます。
他愛のない日々の思いの更新です、ごゆっくりしていってください(´∀`*;)ゞ

あ、そうそう、それから

基本的に、ここは私見を書く場所だと自認しています。あまりにもひどい誤謬や事実誤認等があれば可及的速やかに訂正いたしますが、その時その時に自分が思ったことを尊重できる場所として、ここはあって欲しいかなと。ということで、頼むから、「そこはかとなくよしなしごとをかきつくりし結果ならむ。」と片付けて、厭世気分の徒然なる吐き場すらも、俗世間の一部として厭わねばならんといった事態は、これは避けたいと思っています。どうかみなさま、御容赦下さいませ(。-_-。)

カテゴリ: 報告

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