鷺城に春の匂うころ

文体があまりにも固いというご指摘を、たまたま読んでくれた或る友人から頂戴したので、ちょっと崩した感じで今回は叙述してみようと思いますね笑

散歩道でも言ったように、ただいま姫路に帰省しております。JR姫路駅のあたりは、150年前まで姫路城の飾磨門という門だったこともあって、姫路駅に降り立てば、真ん前に姫路城を望むことになります。

姫路城


まぁ、それで「歩いてもすぐに姫路城に着くだろう」なんて甘い考えで歩き始めると、後々にその意外な遠さに気づくので、ぜひバスか貸し自転車のご利用をお勧めします。僕は、年末の善光寺参りの際に同じような痛い目にあいました。2キロであんなに建物が見えるとは思わんやん…と思いながら歩いたんを覚えてます。

さて、それは措くとして

折角のこの季節ですし、帰省中でもありますから、ありきたりな風景を句材としているという批判は一旦受けるとして、こんな句はいかがでしょうか。

青楼も見るか 桜の白鷺城
季語:桜

桜の姫路城なんて、姫路の土産物を買えば十中八九その包装紙に書いてある風景です。それでも、そんなありきたりな発想の掃き溜めから、それこそ丸めて捨てられた包装紙にあるような風景を拾い上げて作句するからには、自分のオリジナリティをいかにして入れ込むかということが、大きな大きな試練となります。

そこで、考えたのが、青楼。これは娼楼とも書く単語です。具体的にどんな建物のことを言うのかは、みなさんどうぞ検索してください。詳しい意味はここではよう書きませんし、なんでそんな場所を知っとるのか、なんていうツッコミを入れられれば、どこだかにいらっしゃるアベさんみたくシラを切ることになるんでね。各々調べてくださいな。

青楼という、おおよそ清純な桜の景色に似合わぬような語を取合せる、という工夫。しかし、そんな辞書レベルだけで、工夫しましたなどと鼻を高くするようでは、やはりアカン訳で、これを選んだ理由は他にもあります。

桜という、一種の艶を示す季語に対して、直接的な艶かしさを持つ青楼がそれを羨むかの視線を、擬人化により描いてみる。そして、その青楼の視線の向こうには、さらに大きな楼閣である白鷺城があるという構図を描く。これによって、桜の白鷺城の美しさを雄大さを同時に強調するのだ。おっと文体が固くなった、柔らかくせねば。

そんでもって、やっぱり文字で見たときの綺麗さも重視しました。すなわち、青楼の楼の字と、桜の字を響かせたことでしょう。青い楼とピンクの桜を、字面として共鳴させる、これによって、青、桜、白という色の対比を、潜在意識の中で鮮やかにはっきりと映し出す効果を狙ったわけです。青空の姫路城なんてのも、これもまた掃き溜めにある発想の一つですが、青楼の語の使用によって青空の青さを潜在意識に浮び上らせるという、ささやかな仕掛けによって、そこらへんの小学生が習字の授業で書くような、拙い筆跡で書かれた一句であるというような印象は、少なくとも避けられる(はずです)。

てな感じで、いかがでしょうか。僕の句作はどうにも頭でっかちになりがちで、技術として拙さが出てしまうので、コメント等を頂戴できれば幸いです。

あと、珍しく喋り言葉っぽい文章にしてみましたが、いかがだったでしょうか笑
その辺も、何か思うところがあれば、教えていただけるとありがたいです。
僕的には、やっぱり硬い文体が好きかなぁ、、、




ここまで読んでくださったならば、ぜひ拍手もお願いします。多分、してもらえると飛び上がって喜ぶと思います♪
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2017/03/17 (Fri) 14:03 | REPLY |   

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