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一觴一詠14〜晴耕雨読

村雨の弾む軒上 ぬく栞
季語:村雨

水たまり嵌まり揺れたり 梅雨の月
季語:梅雨の月


久々の俳句ですな。
いやはや、本当に久々。

洗濯物にも困る季節、なかなか外で体を動かすこともままならず、鬱屈した気分の人も多いことでしょう。

こういう天気の時に仕事があると、いやおうなく甲斐なく傘をさし、湿気のかたまりのコンクリートジャングルへ繰り出さねばならないのでしょうが、そこは大学生、学校の授業を受けつつ、残った時間は小さな巣にこもって、読書をしたり映画を見たり、気ままに過ごしています。

ただ、最近は都議会選挙が近いこともあって、この季節のよくお似合いの、気持ち悪いくらいに湿り気のあるうやうやしい声が聞こえてくるのが、いわく言いがたき、室内に干すタオルの隙間なる不協和音と化しております。もっと強く降りしきれ場、雨音が全てをかき消し私を閉じ込めてくれるので雨が、そういう意味でも、なかなかスッキリしない天気が続いておりますな。

さて、今度ばっかりは、なんということもなく、吟詠したいと思います。

一つ目の「村雨」の句は、村雨に心を弾ませる様子を描こうと思った次第。最初は「村雨の弾むや 笑みて抜くしおり」だったのですが、「笑みて」の三音が正直もったいないのと、中間切れは少々リズムが悪いなと思い直し、このように変えてみました。とはいえ、まだまだ改善の余地はあるので、様々な意見を伺えればと思う次第です。

二つ目の「梅雨の月」の句は、「梅雨の合間の月を見上げて歩いてたら、水たまりにはまって視界が揺れ、梅雨の月が揺れた」という解釈、「水たまりに映った梅雨の合間の月が、そこにはまったことで揺れてしまった」という解釈、「水たまりにはまって水たまりが揺れた。それで見上げたら梅雨の月がそこにあった」という解釈の、3つがおおよそ考えられるでしょう。音韻にとても気を使いながら、解釈の余地を残した上で、それらのどれを取っても「梅雨の月」が風雅に美しく表現できるように注意して作ったつもりです。

インドアな句もアウトドアな句も今回は作ってみました。
(アウトドア…?)

いかがだったでしょーか!!


コメントにて様々なご意見を受けたまれればと思います。

追記にて、村雨の句の推敲版が一定考えつけば、投稿するつもりであります(約束はできませんが)

あ、あと、ついでに拍手も押していってくださるととっても嬉しいのです。。。

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

タカマティー

Author:タカマティー
日本語を愛し、詩歌を愛し、戦後保守主義主流を志向しつつ、たまにリベラルに身をやつして腐敗した権力を批判することもあるような、そんな大学生のブログです。

穏やかなる播磨の灘の凪を母とし、猛き鷺城を支配するかのごとき桜並木を父として、18年間を彼の地に過ごしたのち、メトロポリスTOKIOへやってまいりました。

本ブログは、日々のよしなしごとを書き散らし、ほどほどの厭世気分を吐き出していく場として活用する所存です。よって、おそらく掃き溜めのごとき文字列を、皆様にはご提供することでしょう。皆様におかれましては、御自力で、その中に鶴をみつけてくださればと思います。

「白玉楼中の人となる」
:文人が鬼籍に入ること。
 cf. 「司馬遼太郎は本物の文人であった。彼は、白玉楼中の人となったに違いない。」

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