故郷の秋祭まだき

谺する氏子練り子ぞ秋高し
季語:秋高し

鯖雲を攪拌しゆく大擬宝珠
季語:鯖雲

まわし畳む母はものぐさ秋祭
季語:秋祭

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     <神輿を練る様子。一の丸、二の丸、三の丸という三つの神輿があります。>

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  <メインの屋台。画像は広畠にて三台練の様子(左から木場屋台、松原屋台、中村屋台)>

僕の故郷では、10月14日、15日に、「灘のけんか祭り」というお祭りが行われます。
以下、しばらくは祭りの説明なので、読む前にですね、ネット上にたくさん動画がアップされていますから、You Tubeなどで検索して手っ取り早くどんなものなのかご覧くださればと思います。

山車や神輿、屋台(地元では「やっさ」と呼びます)を練り歩くお祭りは、祇園祭や岸和田だんじり祭などが有名ですね。

このお祭りも同様に、「神輿」と、「神輿」よりも数倍大きくて重い「屋台」を練り歩きますが、他の祭りと大きく違うことは、複数の神輿や屋台をぶつけ合い、先に神輿や屋台を落とした方が負け、ということを行います(これを「練り」と言います)。神輿については、二日間ぶつけ続け、最終的にボロボロにすると祭神が御喜びになるということで、15日の夕方にはあちこちが破損するまでにします。屋台は、十数年に一度新調するものなので、さすがに壊れるまでには激しくぶつけ合えませんが、それでも複数の屋台をぶつけたまま練り歩きます。

屋台は、祭礼の地域内にある、姫路市との合併前の旧七ヵ村ごとに一台ずつあるので、それぞれの村ごとの意地とプライドをかけた練り合いが行われます。屋台は一台2〜3トンほどあるようですので、ただ練り子衆で担いで歩くだけでも傾いたり落としたりしますが、それを他の村の屋台と近づけていきぶつけ練り合うわけで、非常にスリリング、かつ見応えがあります。大体は1分ほどでどちらかが屋台を落としてしまい勝敗が決しますが、時に3分から、長くて5分以上の練り合いとなることもあり、そうなると観衆からは盛大な感性と拍手が送られます。(15日の本宮では、段々畑を利用して設けられた桟敷席から大観衆が練り合いを楽しみ、そこには10万人以上が毎年集まると聞きますねー…)

これほどまでに盛大な祭りですので、地元民にとっては正月よりも盆よりもこの祭りが1年で最大のイベントとなります。そうすると、参加地域の各家庭の1年は、当然この祭りを中心として回っていきます。本地域内にある小学校、中学校は、毎年10月14、15日は必ず休みになるので子どもたちは友だちと一緒に観に行きますし、民間企業もほぼ休みとなって祭りに参加する人が多いように思います。域内を貫く国道250号線は2日間ずっと車両通行止めとなって、屋台や観衆の通り道となります。

実際、私が中学生の頃、部活の試合が近くて中学校で朝練をしていると「祭りに行かんかいダボ!」と先生が地元民にどやされてましたし、この2日間ゲームだけし続けて祭りを見に行きもしなかった友人は同級生の大半からド顰蹙を買っていました。かくいう私も参加し、顰蹙の念を抱いていた一人ですが…。

さてさて、これらを受けて、俳句です。
一つずつ自分なりに託した思いを語らせていただければと思います。
なんで語るかって?そりゃ僕も地元民だからに決まってるじゃないですか!


谺する氏子練り子ぞ秋高し
季語:秋高し
1つ目の句は、氏子や練り子が秋の空に谺(こだま)するかのように盛り上がっている風景を詠んでみました。空に声が高く舞上がっていくような感覚は、やはり祭りに実際に参加したことのある者として実際にあるわけですが、そんな擬人化をそのまんま文字化するのは躊躇われたので、氏子衆、練り子衆が高い秋の空の底で躍動する様子を描き、それから、谺するという言葉によって声が空へ響きゆく様子を勝手に想像してもらおうと委ねてみました。


鯖雲を攪拌しゆく大擬宝珠
季語:鯖雲
2つ目の句は、鯖雲(鰯雲やうろこ雲とも呼びます)を貫くかに高い擬宝珠(ギボシ)を詠んだものです。擬宝珠というのは、上の画像の神輿や屋台の上につくもので、基本的には神社仏閣に見られたり、橋の欄干にあったりしますね。下は京都、五条大橋の擬宝珠欄干ですね。
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神輿や屋台が練り歩き、そのてっぺんにある擬宝珠が鯖雲を攪拌するようであるという句ですね。

ただ、擬宝珠を、やっさの上についているものだと捉えてもらえるかどうかは賭けですね。
鯖雲をやっさの擬宝珠攪拌す
鯖雲や やっさの擬宝珠に攪拌さる

のような句もいくつか考えてはみたものの、上は漢字が集中することや語順が気に入らず、下は勇壮な風景を描こうとするのに対して調べがあまりにも長ったらしく緩くなることがどうにも気に入らなかったので、上のようにしてみました。


まわし畳む母はものぐさ秋祭
季語:秋祭
この句に関しては、うちの母をただただ描写したというそれだけです。父が生粋の地元人だったのに対し、母は全く別の地域の出身なので、渋々祭りの準備に付き合いはするのですが、なかなか面倒なことも多いようで、父の前では我慢しつつも私の前などではブツブツと文句を垂れ流すわけですね。周囲は秋祭に賑やかな中で、一人で母は留守番し、祭りで使用する父のまわしを畳んでいた様子を、そのまんまに詠んでみました。

ただ、東京で一人暮らしを始めてからは、バイトも授業もあるので14、15日には姫路に帰れていないんですよね……今年のお祭りも楽しみにしつつ、今年も帰省などはできようもないことが、あまりにも惜しい限りです……。

その思いを、思い出の秋祭に託して珍しく3つも詠んでみたのですが、納得のいかない句も実は多いので、ご意見等コメントにいただければと思います。よろしくお願いいたします。
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