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霧中のビビり

警笛の照らし来る線路の濃霧
季語:濃霧(霧)


濃い霧の中を歩いていると、電灯に照らされた霧の塊に何かがいるんじゃないか、霧に包まれた向こうの角から人ならざるものが出てくるんじゃないか、と思わせるようなミステリーが感じられるという経験は、私だけのものでしょうか。

20年以上も生きてきて、未だに雨とか霧とかで湿っている暗い夜道に苦手なビビリな私の申し上げている戯言だとも考えられるでしょうが、それ以上に、霧というものが、素直に「美しい」「綺麗だ」と断言するには、余りに不気味だということも確かであろうと思います。

一瞬そこに仄かな生気を感じるかのような、生命と無生物との中間にあるかのような、それに包まれたら最後、還らざるものとなってしまうかのような、そんな空恐ろしい中途半端さも、霧の性質の一部であろうと僕には思われてしまいます。

確かに、その外から見れば、霧のかかっている山々などは趣あると思うのかもしれません。しかしながら、霧中に一旦入れば、ただ化かされぬようにと願いつつ、早足で家路を急ぐというのが、私のこの季節の日常となります。

同じく霧中を歩く人の表情からは、特に女性からはそうですが、まるで加湿器に当たりながら歩くつもりかのように、敢えて霧を受け止めようとし、気味悪く避けるというよりは寧ろ微笑みをもって歓迎する節があるようです。そんな思考、感受性を有することには、率直に羨ましく思うのですが…

さて、俳句です。

警笛というのも、尋常ならざる不快感を持った、意に介さずにはいられない性質を持った、不思議な音だと思います。そんな警笛が鳴り続けて迫り来る(それと同時に、当然電車のライトも迫り来る)その音や光に照らされ強まりてくる刹那の線路上の濃霧を描きました。

音が照らすという記述については、少々違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、警笛の迫り来るあの恐怖と焦燥とを表現するには、意外と「音に照らされる」という発想も的を射ているのではないかというのが、個人的な意見でございます。

五七五の調べから逸脱して「濃霧」という季語を体言止めにより重たく置いてみることで、そこに何かいるのではないかという恐怖を含めて、この「霧」のイメージが持つミステリーを表現してみたいというチャレンジなのですが、どうでしょうかね。

霧の中に、もしかしたら人や還らざるものがあるのではないか。
電車に照らされた濃霧の中に、何かいるのではないか。
電車が過ぎ去ってしまったけれど、あの刹那には何かがそこにあったのではないか。
そういうふうに、たまには、霧中に目を凝らしてみても、面白いかもしれませんね。

ただし。ただし、です。
覗きすぎてはいけませんよ。

『長いあいだ深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗き込む』のですから。
ニーチェ『善悪の彼岸』)


警笛の照らし来る線路の濃霧
季語:濃霧(霧)



朝霧





<参照>
ニーチェ『善悪の彼岸』中山元訳
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- 2 Comments

A . Kamisiro  

共感します

私も仕事の関係で釧路に出張に行ったときに
夜、霧が本当に酷くて 5m先すら見えない
街灯のオレンジの光だけがぼわぁっと視界に入ってきて
歩くだけで心臓がどきどきしたのを思い出しました。

いつもブログ読むたび思いますが 
文章が綺麗でどこか魅力を感じます 
羨ましい限りです!

2017/10/17 (Tue) 14:13 | REPLY |   

タカマティー  

Re: 共感します

> 私も仕事の関係で釧路に出張に行ったときに
> 夜、霧が本当に酷くて 5m先すら見えない
> 街灯のオレンジの光だけがぼわぁっと視界に入ってきて
> 歩くだけで心臓がどきどきしたのを思い出しました。
>
> いつもブログ読むたび思いますが 
> 文章が綺麗でどこか魅力を感じます 
> 羨ましい限りです!

A. Kamisiroさん、コメントありがとうございます。
共感を頂戴し大変恐縮です(><)

硬い、分かりにくい文章だと言われることも多いので、お世辞だったとしても非常に嬉しいです。素直に褒め言葉として受け取らせていただきます(^^)

2017/10/17 (Tue) 15:28 | REPLY |   

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