冬、家路、鯨幕、

伏し目して親指隠す冬田道
季語:冬田道

鯨幕広げて冬田道はるか
季語:冬田道

校区

これは母校の屋上から見た風景だそうです。母校のHPから引用してまいりました。これはまだまだ穂の膨らみそうな時期でしょうが、これが刈り取られると、いやに道の目立つだけの風景になるのです。

そういえば、写真の中に電車の線路が見えるのがわかりますか。この線路の前に立ったときの淡い記憶によって、霧中のビビりの記事の俳句を作ったのです。

やはり、子どもの頃の場面ひとつひとつが、何を連想するにもふっと思い浮かんでくるのが、原体験の重要さを物語っているのでしょうね。義務教育の大切さ、外で遊びまわることの尊さを、柄にもなくしみじみと感じ入っております。

さて、上の句は、そんな小学校のときの古い古い記憶を俳句に落としてみました。どうして、そうしなければならないのかは全く知らないまま、ただ親から伝え聞いた因習をそのまま実行して、黒白の幕や霊柩車を見るたんびに、親指を隠して通り過ぎていた記憶があります。知り合いだろうとお構いなく、子どもながらに気まずかったのでしょうけれど、なるべく無視しようと、黙って俯いて小走りで…そんな記憶です。

年齢を重ねれば、その準備をしている側の心情であったり、その所作の一つ一つのおもむきも少しずつわかるようになってくるもので、下の句は、私がそんな風にして通り過ぎていった忌中のお宅などで、ひょっとするとあったかもしれない一場面を詠んでみました。

最近は自句自解を再び加える傾向がありましたが(自句自解をしたいと思ってしまう句ばかりでしたが)、今回はもちろん自句自解を一切いたしません。

冬の荒ぶ侘しさの中に、さもありげな風景を思い浮かべてくださればと思います。

伏し目して親指隠す冬田道
季語:冬田道

鯨幕広げて冬田道はるか
季語:冬田道
スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment