梅雨明

彼には強い妄想癖があった。

例えば学校の授業中、例えば通学の電車の中、例えば散歩の土手の上で、思考が吹き飛ぶこともしばしばであった。

こんなものは一例に過ぎないが、生まれて初めてのひき算の授業で妄想を発揮したので、まったく問題が解けず、いきなり号泣してクラスメイトを困惑させたこともある。それほどにひどかったし、それなりに日常に障をきたした。

彼の比較的に恵まれた人間関係、記憶力、想像力などが幸いしてか災いしてか、彼の悪癖は、その思春期までを覆い尽くすほどに拡がり続けた。

その中では、いつでも、どこでも、何でも、誰にでも、何度でも…好きなように、好きなままに、振る舞うことができた。彼は、あるときはウルトラマンであり、またあるときはポケモントレーナーだった。どんな難事件でも解決できたし、どれほど大きな舞台の上でも、見事な漫才を披露することができた。どんな球速の魔球でも打ち返せたし、どれほど経営難の会社でも再建してみせた。どんな質問趣意書が来てもそつなく答弁し、どれほど難しい分野についても大教室で教鞭を取ることができた。

彼の現在置かれた状況も、おおかた、かような数多の妄想の範疇にあるといってよい。それはそうだろう、想像可能な上限と下限を、時間のあるときに好きなだけ妄想していられれば。その意味で彼の人生は、常に、彼にとって「想定内」であったし、その意味で、彼の人生は、彼にとって安んずるに十分なものだった。

平成15年にひき算に泣いた彼は、今、平成30年の初夏にいた。彼の妄想がぱたりとやんでから、2年と少しが経とうとして入る。

決して、やめたのではない。
ぱたりとやんだのだ。

本当に、ぱたりと音が聞こえたほどに、ぱたりとやんだのだ。

そうしてから、彼は俳句の勉強をするようになった。
機会があればやってみたいと、長らく思っていたところだった。

そのような自分は、しかしながら、今までに妄想したことのない自分の姿であった。まさか歳時記を探して書店をめぐるとは思いも寄らなかったし、こうして俳句を作りためることなど、妄想したこともなかった。

こうして、彼はやっと、霧中を見つけた。


という文章を唐突に思いついて書きなぐって見たんですが、どなたか上手いことつなげて、短編にでもしてもらえませんかね??
(こんな文章を思いつくくらいだから、まだまだ自分の妄想力も捨てたもんじゃないな)


さて、いつも通りの俳句は以下です。
最近、同級生に無茶ぶりで俳句を作らされることがあって、そのためにいくらか作りためたものです。一気にご覧ください。

平成最後の夏ですね。
みなさまの益々のご清栄をお祈り申し上げます。



空き部屋のくらやみとなる迎え梅雨
季語:迎え梅雨

入梅や 友のメアドの消去音
季語:入梅

電柱のかげ跳びこえて南風に入る
季語:南風(はえ)

パイプ椅子畳み初蝉二つ三つ
季語:初蝉

夏のヴェトゥイユ_クロード・モネ
クロード・モネ「夏のヴェトゥイユ」(1879年)
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